感性と化学の間を行き来しながら、空間やブランドに「見えない価値」を与える調香師という職業。JAL、資生堂、飛鳥Ⅲ、万平ホテル、リコーなどのブランドで採用される香りは、単なる「良い香り」ではなく、ブランド体験そのものを設計する重要な資産でもあります。
ガスクロマトグラフィーによる成分分析と調香師の感性を融合させ、4,000社以上の香りづくりを支援してきたプロモツール株式会社。その香り技術研究所 副所長/シニア調香師であり、次世代調香師育成プログラムも担う渡辺武志氏に、香りの設計思想から人材育成、そしてこれからの調香師像について話を聞きました。単なる香り制作会社ではなく、香りブランディングのパートナーとして選ばれ続けているプロモツール株式会社の『真髄』に迫ります。
目次
調香師の仕事とは何か
——まず、調香師の仕事を一言で定義するとしたら、どのように表現しますか。
渡辺:感性と化学の間を行き来しながら、意図した印象を再現する仕事です。よく「いい香りをつくる人」と言われますが、それだけでは不十分で、クライアントやブランドが求める世界観を、香りという手段で正確に表現することが本質だと考えています。
——香りの設計に入る前のヒアリングでは、どのような情報を重視していますか。
渡辺:「これがないと設計できない」という情報は3つあります。ターゲット、ブランドコンセプト、そして最終製品です。ターゲットが曖昧なまま香りをつくると、どれだけ完成度が高くても「誰に届けるのか」がぼやけてしまいます。ブランドコンセプトは香りの方向性を定める羅針盤であり、最終製品の形態(ディフューザーなのか、フレグランスなのか、空間演出なのか)によって香りの拡散特性や持続性の設計が根本から変わります。
抽象的な言葉を香りに変換する技術
——「上品な香り」「心地よい空間」といった抽象的な要望は多いと思います。それをどのように具体的な香料設計に落とし込んでいくのでしょうか。
渡辺:まず大切なのは、言葉をそのまま香りに変換しないことです。「上品」という要望を受けたとき、私はその言葉を「感覚のレイヤー」に分解します。明度、透明感、拡散性、残香の質——こうした要素に一つひとつ分けて考えるんです。その上で、骨格となる香調、いわゆるアコードを決め、トップ・ミドル・ベースのバランスに落とし込んでいきます。言語から感覚へ、感覚から構造へ、構造から原料へ。この順序を守ることで、最終的に意図した印象を再現できる処方に到達します。
——完成した香りが「良い香りだけれどブランドに合わない」と判断する場面もあるのでしょうか。
渡辺:あります。その判断基準は、香り単体の完成度ではなく「コンセプトとの一致」です。例えば、軽やかさや親しみやすさが求められるブランドに対して、重厚でクラシックな香りを提案しても、いくら香りとして優れていてもズレになります。調香師の仕事は自己表現ではなく、あくまでクライアントのブランド価値を最大化すること。その基準がぶれない限り、正しい判断ができると思っています。
香りブランディングの実例——ブランドの世界観を体現する
——「ブランドらしさを香りで表現できた」と感じた案件はありますか。
渡辺:大手複写機メーカー様の「イノベーション創出拠点」向けに開発したオリジナルアロマは、まさにそうした案件です。求められたのは「唯一無二のラグジュアリー感」と「リラックス効果」、そして「何度も訪れたくなる香り」でした。スダチにピンクペッパーなど複数のスパイスが織りなす刺激的なトップノートから、パチュリ(深みのあるウッディハーブ系香料)とアンバーのベースノートへと移ろっていく構成にしました。特に印象的だったのは、廃棄予定だったスダチをアップサイクルした精油を取り入れた点です。サステナビリティへの配慮とブランドのイノベーション精神を、香りの中に自然に組み込むことができました。
数千種類の香料を記憶する方法
——同社の育成プログラムでは約3,000種以上の香料原料の特性理解も扱うと聞きます。現場では、それだけの数をどのように記憶・整理しているのですか。
渡辺:すべてを丸暗記するわけではありません。私の場合、「似ているもの同士の違い」で覚えています。同じシトラス系でも、どこが違うのか、どの要素が印象を変えているのかを整理しながら記憶することで、必要なときに正確に引き出せるようにしています。また、自分の中にある香りの記憶——日常で出会った匂いや風景の記憶——と結びつけることで、より定着しやすくなります。
次世代調香師の育成——「差を言語化する力」を鍛える
——修業時代、オレンジとグレープフルーツの嗅ぎ分けを徹底的に訓練されたと伺いました。その経験は、現在の育成にどうつながっていますか。
渡辺:似ているが明確に違う素材を徹底的に見分ける経験が、「差を言語化する力」を鍛えてくれました。育成においても「違いを説明できること」を最も重視しているのはそのためです。「なんとなく分かる」ではなく、「なぜそう感じるか」を言葉にできること。それが再現性のある調香につながると考えています。
部下が言葉に詰まったとき、私は答えを教えるのではなく、ヒントを与えて問い直すんです。彼ら自身の感性という『種』が、どう言語化されることで社会という『土壌』で花開くかを見守るのが、私の仕事ですから。
——次世代調香師の育成プログラムでは、4年間でどのような力を身につけさせることを目指していますか。
渡辺:技術面では、香料の深い理解と処方設計力。これは当然です。しかし、それと同じくらい重要なのが「言語化能力」と「文脈理解力」です。クライアントが本当に求めているものは、言葉の表面には出てこないことが多い。その背景にある文脈を読み取り、構造化し、香りとして再現できる力。それを4年間で身につけてもらうことを目標にしています。
——副所長として掲げる「開かれた研究所」とは、具体的にどのような姿ですか。
渡辺:内部で完結するのではなく、外部との接点を積極的に持つ研究所にしたいと考えています。開発プロセスの一部を可視化したり、異分野との共同研究を進めたりすることで、香りの価値をより広く社会に伝えていきます。調香師だけでなく、研究者、マーケター、デザイナー、学生インターンなど多様な人材が交わりながら新しい価値を生み出す場にしていきたいと思っています。
調香の世界は閉じられたイメージを持たれがちですが、それを変えていきたいんです。
B2BとB2C、二つの調香の違い
——ご自身の名前で調香するB2C商品と、クライアントワークであるB2B調香では、何が異なりますか。
渡辺:B2Bではクライアントのブランドを最優先に設計します。自分の好みや美意識は一歩引いて、ブランドの世界観を忠実に再現することが求められます。一方、B2Cでは自分自身がブランドになります。個人的な美意識や解釈を前面に出す必要がありますが、同時に市場性とのバランスも問われます。自由度が高い分、責任も大きい領域です。
これからの香りづくり——安全性・サステナビリティと調香師の役割
——最後に、今後目指す香りづくりと調香師像についてお聞かせください。
渡辺:今後は、感覚的な価値だけでなく、サステナビリティや安全性、さらには機能的な側面まで含めて設計できる香りづくりを目指しています。原料の調達背景や環境負荷、規制対応といった前提を踏まえた上で、安定して再現できる処方設計を行うことです。さらに、リラックスや集中といった効果効能についても、経験や印象だけでなく、一定の再現性と説明可能性を持たせていくことが重要だと考えています。調香師としては、「良い香り」をつくるだけでなく、その香りが社会的にも成立しているかまで含めて設計できる存在でありたいです。感性と科学、そして社会性。この三つを統合できる調香師が、これからの時代に求められる姿だと思っています。
プロモツールの香りブランディングに関するご相談
香りの設計思想や調香師の仕事に関心を持った方は、プロモツールのオウンドメディア調香師のアトリエもぜひご覧ください。香料の知識、香りづくりの考え方、調香師の視点から見た香りの世界を、記事として発信しています。
プロモツールでは、感性と科学を掛け合わせた香りづくりを通じて、企業やブランドの体験価値を支えています。会社情報や事業内容については、プロモツール公式サイトをご覧ください。
渡辺武志(わたなべ・たけし)
プロモツール株式会社 香り技術研究所 副所長/シニア調香師。
ガスクロマトグラフィーを活用した成分分析と感性を融合させた香りの設計を手がけています。
RICOH BUSINESS INNOVATION LOUNGE TOKYOをはじめ、JAL、飛鳥Ⅲ、万平ホテル、資生堂、コーセーなど多数の採用実績を持っています。安全性と品質を両立したオリジナルアロマの開発に加え、次世代調香師の育成プログラムを主導し、「開かれた研究所」の実現に取り組んでいます。
【インタビュー後記】
渡辺武志氏のインタビューから見えてきたのは、香りを単なる感覚的な価値として捉えるのではなく、ブランド戦略や顧客体験、さらには安全性やサステナビリティまで含めて設計するプロモツールの調香思想でした。
同社が目指すのは、「感性」と「科学」、そして「社会性」を統合できる次世代の調香師育成です。取材を通して感じたのは、香りの正解は一つではないという難しさと、だからこそ論理的にアプローチする面白さです。私自身、ここで働く中で『感性×科学』の可能性に日々圧倒されています。
香りを通じて新たな価値創造に挑戦するプロモツールの取り組みに、今後も注目したいです。
【インタビュアー】
山尾 陽飛(やまお はると)
プロモツール株式会社 マーケティング部インターン
京都大学 総合人間学部理系2年生
SNS発信やコンテンツマーケティングに関心を持ち、プロモツールのインターンに応募しました。現在はオウンドメディア「調香師のアトリエ」のSEO記事制作を担当し、企画立案から取材、執筆、投稿まで一貫して手がけています。
香りという専門領域を社会へ分かりやすく届けることをテーマに、生成AIも活用しながら情報発信に挑戦中です。週次のフィードバックを通じて、文章力だけでなくマーケティング視点も磨いています。



