プロモツール株式会社

香り・匂いによる販促、ブランディング

創業者井上の飽くなき挑戦人生と、香りビジネスの原点

FOUNDER

〝香水やアロマだけが香りではない!″
新しい香りビジネスを、日本で拓いた一人の挑戦者の軌跡

1995年、一人の男のチャレンジからプロモツールは始まりました。

その原点は、単なる事業欲ではなく、延べ10年に渡る海外在住経験に基づく「日本には無い新しいことをやりたい!」と思う男のロマンと、まだ誰も形にしていなかった〝新しい香りビジネス″への挑戦でした。

Challenge 01

ブラジル(1970s〜)と欧州(1980s〜)での挑戦

「開拓者魂をブラジルで培い、コピーではない独自の発想を尊ぶ精神をパリで学ぶ。」

大学卒業後ヤンマーに入社するが、当時としては珍しく2度転職し、西武セゾングループとPOLAに勤務。西武では4年間ブラジル・サンパウロに駐在し、弱冠29歳にしてCOTIA産業組合(ブラジルの全農と言える組織。1994年に解散)との合弁会社代表としてミナスジェライス州のセラード(ブラジル中央部の広大な灌木地帯)開発に従事。

POLAでは、40歳の時POLA FRANCEをパリに設立、初代社長として高級化粧品ブランド『ANNAYAKE』をゼロから創業、わずか2年間に当時のパリを代表する二つの百貨店PrintempsとGaleries Lafayetteを始めとする200を超す香水ショップに出店、ヨーロッパ有数の化粧品ブランドに育て上げた。

ブラジル・セラードの大平原と、パリで育てた高級化粧品ブランド『ANNAYAKE』のイメージ

この二つの経験が井上のビジネスの源泉であり、プロモツールの原点である。

1995年:有限会社ナチュレを創業。スイス製ドクターコスメ〝CRYOESTHE″の輸入販売ビジネスを創業、好スタートを切ったが、同時に始めたカード状の化粧品サンプルビジネスにより大きな可能性を感じ、サンプルビジネスに特化した。

1999年:株式会社に改組し、社名を株式会社カラープレリュードアジアに変更。その後、2001年に、社名を現在のプロモツール株式会社に再度変更。

2000年:アメリカClinical & Derm社の総代理店となり、日本でスキンチェッカー(角質チェッカーと皮脂チェッカー)の販売を開始。

Challenge 02

香りビジネスへの挑戦(2000s〜)

映画館の座席と、ふわりと立ちのぼるチョコレートの香りのイメージ

「日本初の〝匂いの出る映画″の誕生と、その舞台裏」

2005年に観客動員数日本一、興行収入額日本一に輝いたジョニー・デップ主演の映画『チャーリーとチョコレート工場』で、井上は映画館内でチョコレートの香りを流す演出を担い、日本初の〝匂いの出る映画″として日本中に衝撃を与え、「香りマーケティング」という言葉すらなかった時代に、香りの新たな用途と新たな香り文化の扉を開いた。

2004年:香りビジネスの準備を始める。

2005年:映画『チャーリーとチョコレート工場』で香りの演出を行い、日本に於ける〝新香りビジネス″の端緒を開いた。

2008年:テレビ東京「ガイアの夜明け」で紹介される。

2010年:NHK「クローズアップ現代」を始めとする多くのテレビ番組で紹介される。同年、イギリスTimestrip社の総代理店となり、日本で消費期限管理インジケーターTimestripの販売を開始。

Challenge 03

JAL(日本航空)からの受注に成功

「香り販促だけでなく、香りでブランディングの時代へ」

映画『チャーリーとチョコレート工場』で一躍有名になった当社は、スーパー等での香りを用いた販促手法でひっぱりだことなり、江崎グリコや明治など大手菓子メーカーからの大量受注に成功。その後、壮絶なコンペを経て日本航空の〝JALラウンジアロマ″の受注に成功、その後リッツカールトンやホテルニッコー等一流企業をクライアントにすることにも成功。

2014年:日本航空から〝JALオリジナルアロマ″を受注、今日に至る。同年、香り見本〝アロマテスター″を発明し、実用新案登録する。

2016年:テレビ東京「ガイアの夜明け」で再び紹介される。

JAL(日本航空)のラウンジカウンターでお客様をお迎えするスタッフ

Challenge 04

世界一のセントテクノロジーカンパニーへ(2020s〜)

次世代の経営体制へとバトンが渡される様子(井上賢一・緒方健介・若手社員)

「バトンは、次世代へと引き継がれる」

「香り技術研究所」を埼玉県さいたま市に開設。
香りを科学する体制を整え、香りを単なるマーケティングの手段としてではなく、香りで世界をリードする〝セントテクノロジーカンパニー″へと舵を切った。そして、創業から続く「挑戦のDNA」を、現社長緒方健介をトップとする新体制に引き継ぎ、更なる高みを目指して目下突進中。

2022年:祖業とも言えるスキンチェッカー事業とTimestrip事業を分離し、グループ会社スマートチップ株式会社に移管。プロモツールは香り事業に専念することとした。

2023年7月:さいたま市に「香り技術研究所」を設立。

2024年1月:代表取締役社長を退き、代表取締役会長に就任。

2026年1月:取締役名誉会長(創業者)に就任。

Challenge 05

創香道〝芳浄流″香道の創始(2026年〜)

「日本の香りの文化〝香道″に、新たな息吹を!」

日本には平安時代から続く〝香道″という素晴らしい伝統文化があるが、残念ながら今の時代にフィットせず忘れ去られつつあると言っても過言ではない。公家や武家の嗜みとして始まった香りを嗅ぐだけの〝聞香道″を、ストレス社会に生きる現代人のニーズに合う〝創香道″に変え、日本の香道に新たな息吹を吹き込みます。

香材を、高価な香木から安価なアロマチップに変え、呼吸法や瞑想、アンビエントミュージックによるサウンドテラピーなども取り入れた新しい香道です。創香(調香)理論を〝香六義″として体系化し、「感覚の世界」を「秩序ある小宇宙」に変えました。

創香道〝芳浄流″香道の詳細はこちら。

会長メッセージ

MESSAGE FROM THE FOUNDER

井上芳山(創業者)ポートレート

1974年弱冠29歳の春、ブラジル・ミナスジェライス州の大平原に降り立ち、私の挑戦は始まりました。そして、1985年、パリの高級ホテル〝ジョルジュⅤ″のロビーで、一人のフランス人 Hubert BIANCARDI と出会った時から、私の構想が動き始めました。

それから20年後の2005年、映画『チャーリーとチョコレート工場』との出会いが、私を香りの世界に導いてくれました。ブラジルでの大農場開拓、パリでの化粧品ビジネス創業、そして日本での〝新香りビジネス″の創始、一見脈絡のなさそうな私の多様な挑戦は、太くて強い一本のロープとして繋がっていたのです。

中でも、パリで学んだ〝オリジナルであることが高く評価され、人の真似をすることが軽蔑される″精神は、私のその後の生き方に大きな影響を与え、羅針盤となりました。私が拓いた〝香りマーケティング″や〝香りでブランディング″は、今や当たり前の香りビジネスになりましたが、当時としては突拍子もない独自の発想でした。そして、30代から50年の長きに渡って私が培ってきた「独創的な発想に挑戦するDNA」は、今当社の次の世代へと引き継がれて行っています。

私自身は創業者として、これからも次世代を担う社員達の活躍にエールを送り、プロモツールが〝世界一のセントテクノロジーカンパニー″へと、着実な歩みを進めることを見守り続けます。

そして2026年、今まで積み重ねてきた私の香りビジネスを、新たな香道 創香道〝芳浄流″として集大成し、創始します。82歳の高齢での常識外れの起業、この年齢での起業は恐らく日本でも類がないものと推測します。新香道の創始は、長年香りビジネスに携わって来た者に、そして高齢になったがゆえに許される事業であると考えており、これが私の最後の〝挑戦″になると思っています。

老いてなお挑戦し続け、現代社会のニーズに合致する新たな香道〝芳浄流″香道を 2026年に誕生させ、開花させます。プロモツール㈱及びスマートチップ㈱、 そして店舗L’esprit共々お引き立てくださいますようお願い致します。

プロモツール株式会社 取締役名誉会長
スマートチップ株式会社 代表取締役社長
調香師のアトリエ L’esprit 店主
創香道 芳浄流香道 家元

井上芳山 (本名: 井上賢一)

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